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――「無援の戦い」と、専門家を使うということ
ふと置きっぱなしだった日経新聞を手に取りました。
例によって最後のページからめくっていくと、ふと目に飛び込んできた見出し。
「心労で毛髪抜け腹据わる」
住友林業最高顧問・矢野龍氏の『私の履歴書』でした。
「無援の戦い」という言葉の重さ
記事の中で、ある一文に目が留まりました。
「先方は訴訟の間、弁護士が7人も交代した。不利とみると見切りを付けて去って行くのだが、大きな会社からお金を取って、それで成功報酬を得ようとする弁護士が、次から次に現れるのだ。」
続けて語られるのは、
海外で起きた訴訟に対し、日本の本社が十分な支援をしてくれないという強烈な怒り。
「僕は腹をくくり、自分で訴訟費用を負担してでも争うと決めた。」
弁護士費用は1億円。
母親に電話し、親戚中からかき集めて用意してほしいと頼むと、
「それくらいなら、なんとかなるんじゃないの」
と動じなかった――。
法律家として感じた、拭えない違和感
一読して、
経営者の修羅場として胸を打つ場面は確かにあります。
しかし、法律家の端くれとして正直に言えば、
私はこの話に、強い違和感を覚えました。
それは「事実かどうか」という話ではありません。
**「専門家がどう使われ、どう切り捨てられ、何が残ったのか」**という点です。
弁護士が7人も交代する。
それは本当に「弁護士側の問題」だけだったのでしょうか。
専門家に任せる、という覚悟
世の中には、
専門家に頼らず、すべて自分の判断で最善解を出せる人も、確かにいます。
(自己満足も含めれば、案外多いのかもしれません)
ただ、少なくとも私自身は違います。
その事柄の重大さや複雑さが一定水準を超えたら、
専門外のことは、専門家に任せる。
それは「丸投げ」ではなく、
自分の限界を自覚した上での選択です。
知識の量も、視野の広さも、
何より「その分野で物事を見る思考の型」が違う。
中途半端に首を突っ込んで
専門家と対等に議論しようとすることが、
かえって事態を悪くする――
そう感じる場面を、私は何度も見てきました。
手術前の不安が教えてくれたこと
少し別の話をします。
最近、私はある手術を受けました。
事前に病院から、
「この薬は、○日から服用を中止してください」
と指示されていた抗凝固薬。
ところが私は、うっかり半日ほど飲み続けてしまった。
素人としては、
不安で仕方がありません。
しかし医師はこう言います。
「禁止事項は、安全側に少し広めに取っているんです。
手術前にチェックしますから、その時点で判断します。」
このとき、
「専門家に任せる」とは、
自分の不安をすぐに解消してもらうことではないのだと、改めて感じました。
では、どんな専門家を選ぶのか
問題はここです。
専門的な能力は、
素人には正確に評価できない。
だから私が最も重視するのは、
**「この人は、信用できるか」**という一点です。
-
長年付き合ってきた紹介者が、本当に信頼できる人か
-
耳障りの良い言葉ばかりを並べていないか
-
できないことを、できないと言う人か
「優しい」「感じがいい」だけでは、判断材料になりません。
無口でも、不器用でも、
やるべき手術を、きちんとやる医師。
私は、そういう専門家を選びたい。
専門家不在の時代に、どう向き合うか
もっとも、現実はさらに厳しくなっています。
今は、
「本当の意味での専門家」に出会うこと自体が難しい時代です。
手軽さ、スピード、コスト。
それらが優先される中で、
じっくり考え、責任を引き受ける専門家は、確実に減っています。
だからこそ、
私たちは「誰に任せるのか」を、
以前にも増して真剣に考えなければならない。
私が弁護士として心がけていること
この文章を書きながら、
改めて自分に問い直しています。
-
この人は、孤立していないか
-
「無援の戦い」を強いられていないか
-
腹をくくる前に、並走できているか
法律は、
人を追い詰める道具にも、支える道具にもなる。
だから私は、
「威勢のいい武勇伝」を売る弁護士ではなく、
修羅場の只中で、現実的な選択肢を一緒に考える専門家でありたい。
それが、
この仕事を続けてきて、
今、私が一番強く思っていることです。
最 後 に
経営を続けていると、
「まだ大丈夫だろう」と思いながら、
実は少しずつ孤立していく局面があります。
問題が表面化したときには、
すでに選択肢が限られてしまっている――
そうした場面を、私は何度も見てきました。
顧問契約とは、
トラブルが起きた後に慌てて弁護士を探すことではありません。
腹をくくる前に、相談できる相手がいること。
それだけで、
経営判断の質は大きく変わります。
「今すぐ争いがあるわけではないが、
このままでよいのか少し不安だ」
そう感じたときこそ、
一度、静かにお話を聞かせてください。







