異業種交流会での青年実業家A氏との談話です。
A氏 知人の弁護士が、ここのところ訴訟の数が減って経営が大変だ、と嘆いていました。
前田 確かに、地方裁判所に提起された民事訴訟事件の新受件数は、サラ金等に払いすぎた利息を取り戻す「過払い金返還請求事件」の激増の影響で、2006年以降急増し、09年にピークとなって、その後減少に転じました。
ただ、新受数は15万件を切ってから横ばいで、近年は若干増加しています。むしろ、10~12万件程度であった91、92年以前の頃や10万件を切っていた79年以前の時期に比べると、高い水準であるともいえます。
もっとも過払い金返還請求事件が急増した時期は〝弁護士大増員時代〟の到来の頃です。「過払い金バブル」が去ると、弁護士一人当たりの件数は激減したということになるのでしょう。
A氏 知人の弁護士は「過払い金バブル」に代わるものとして、「未払い残業代」に力を入れているとのことでした。
前田 ネットで「残業代請求」や「未払い残業代」と検索すると、労働者側にPRした弁護士のホームページがずらっと並びます。
残業代チェッカーを設置するサイトのほか、弁護士が開発した残業の証拠確保と残業代推計のアプリとされる「残業代証拠レコーダー」を無料提供するサイトもあります。
若手弁護士らが、手っ取り早く手を出したくなる分野なのでしょう。
また、これも弁護士大量増員時代の影響なのでしょう。
企業側・経営者側の弁護士の多くが、紛争化する前の予防や訴訟外でのスピーディーな解決を強調して宣伝するようになりました。
A氏 紛争の早期解決はとてもよいことなのではありせんか。
前田 特に企業法務においては「トラブル」が「紛争」となる前に、「問題」が「損害」となる前に早期に解決することが最重要事項の1つであることはいうまでもありません。
しかし、「訴訟に持ち込まない解決」の中身が〝弁護士の訴訟スキル・ノウハウ不足〟を隠蔽するものであったり、処理のスピード化が早期の報酬確保といった〝経営の効率化のため〟の方策にすぎないのであれば、本末転倒というほかありません。
加えて、早期解決の実態が、相手方との拙速な妥協でしかないのであれば、かえって将来に火種を残し、円滑な企業経営を阻害するものともなりかねません。
そもそも「予防法務」は訴訟で場数を踏んだ上での経験を基に構築すべきものです。
経験不足が否めない未熟な弁護士が、机上の空論でどこまで予防できるのかは甚だ疑問と言わざるを得ません。
「過払い金返還請求事件」の急増が2009年。地方裁判所に提起された民事訴訟事件における新受件数が,その後減少に転じ、近年は再び増加傾向にあるという状況下で,中小企業のトラブル・紛争に備える必要性についてお話します。
ある著名な裁判官経験者によると、企業同士が原・被告となる訴訟が増えてきており、企業間での紛争を司法の場で決着つけようとする姿勢が顕著になってきたとのことです。こうした動きは、これからますます加速するでしょう。
森友事件のように、行政絡みの事件がいつの時代も脚光を浴びます。
しかし、社会全体について見ると、ビッグバン、規制緩和が大きく実現した現在、個々の事案について行政の設定するルールの力は弱まっています。入口での事前規制がされないのであれば、紛争が起きるのは当然です。真に譲れない場面では出口である「司法」で事後的にチェックされるという構造になるでしょう。
もっとも、企業間訴訟の現状は、まだ大きな企業同士のケースが多いと推察されます。
中小企業の場合、取り引き先の大企業を相手に物申せば、仕事がもらえなくなるといった心配があります。理不尽な場面でも泣き寝入りすることが多かったのではないでしょうか。
しかし、大量生産、大量消費の時代は終わり、社会は地殻変動を起こしています。企業は売上至上主義では生き残っていけないのが現実です。特に中小企業は自社の独自性を基に必要なものを見極め、ピンポイントで活動していかなければ、存続は難しいでしょう。
中小企業の公正な取り引き環境の実現を目指し、下請け取り引きの適正化が現代の潮流になりつつあります。つまり、トラブル・紛争に対してどのような姿勢をとるのか、将来を見据えた上で、確固たる意思を持って決断する場面が増えてくるということです。訴訟提起がより身近なものとなり、現実的選択肢になってきます。
弁護士も企業に対し、型どおりのサービスを提供しても存在意義はありません。個々の企業と手と手を取り合う深い関係を構築しながら、それぞれの志向に合わせて個別具体的なサービスを提供する必要があります。発展途上である現在のAIでは対応できないであろうマインドやスキルが肝です。場数で培った経験と訴訟のマインド・スキルを活用し、例えば元請会社に訴訟を提起すべきかどうか、弁護士として有益・有用なアドバイスをしなければなりません。
自分なりの弁護士像を持ち、必要なマインド・スキルを研鑽・錬磨し続けることが生き残る道です。〝弁護士大増員時代〟を迎えた現在、弁護士になっても、それが難しい環境になったようです。多様な事件と対峙しながら実戦経験を積み、実力をつけたいという司法修習生や若手弁護士がいれば、当事務所は歓迎します。